バリュープロポジションキャンバス(VPC)とは
バリュープロポジションキャンバス(Value Proposition Canvas、以下VPC)は、顧客が本当に求めている価値と、自社が提供する価値を一致させるためのフレームワークです。スイスの起業家アレックス・オスターワルダーによって開発され、ビジネスモデルキャンバス(BMC)の一部を深掘りする形で生まれました。
バリュープロポジションキャンバスは、商品やサービスが“誰の”どんなニーズに応えているのかを明確にすることを目的としています。これにより、「顧客不在のプロダクト開発」や「企業視点だけの価値設計」といった失敗を避けやすくなります。
VPCの2つの主要ブロック構造
バリュープロポジションキャンバスは、以下の2つのブロックから構成されています:
- カスタマープロファイル(Customer Profile):顧客の行動や期待を分析する
- バリューマップ(Value Map):提供価値を具体的に定義する
この2つを対照的に配置することで、「自社の価値が顧客のニーズに合致しているか」を確認できます。
カスタマープロファイルの3要素
● Jobs(ジョブ)
顧客が成し遂げたい「仕事」や「目的」を指します。これは機能的な行動(例:荷物を運ぶ)だけでなく、感情的なニーズ(例:安心感を得たい)も含まれます。
- 機能的ジョブ:移動する、食事をとる、連絡を取る
- 感情的ジョブ:安心したい、楽しく過ごしたい、認められたい
- 社会的ジョブ:周囲からよく見られたい、ステータスを得たい
● Pains(痛み)
顧客が現在直面している問題・不安・不満などです。これを深掘ることで「どのような障害が行動を妨げているのか」が明確になります。
- 面倒な手続き
- 高すぎるコスト
- 使いづらいUI
- 待ち時間のストレス
● Gains(成果)
顧客が得たいと期待している理想的な状態や満足感です。
- 時間短縮
- コスト削減
- スムーズな体験
- 特別な体験やご褒美感
バリューマップの3要素
● Products & Services(製品・サービス)
顧客に提供する具体的なプロダクト、サービス、機能の一覧です。
- 商品ラインナップ
- サブスクリプションプラン
- サポートサービス
- アプリやプラットフォームなど
● Pain Relievers(ペイン解消)
上記Painsをどうやって軽減・解消するかを示す機能や仕組みです。
- 返品無料 → 不満リスクの軽減
- 自動化 → 面倒な操作の排除
- 価格保証 → 購入時の不安を解消
● Gain Creators(成果創出)
顧客に期待以上の満足や利益をもたらす価値です。
- プレミアム体験の提供
- カスタマイズ対応
- 利用者特典やポイント制度
フィット(Fit)とは何か?
VPCの目的は、「顧客のジョブ」に対して、「自社が提供する価値」がぴったり合っているかを検証することにあります。これを**プロダクト・マーケット・フィット(PMF)**と呼びます。
● 良いフィットの例:
Slackは、「社内の煩雑なコミュニケーションを効率化したい」というジョブに対し、「チャンネルで整理」「柔軟な通知設定」などでPainsを解消し、同時にGains(チームの一体感、即時反応性)を生み出しています。
● 悪いフィットの例:
高度な機能をたくさん盛り込んだが、顧客が求めていたのは「シンプルで直感的な操作」。これはPainsもGainsも無視してしまっている状態です。
VPCの作成方法と進め方
● ステップ1:テンプレートを用意
紙、ホワイトボード、Miro、NotionなどでVPCのフォーマットを用意します。
● ステップ2:顧客理解から始める
顧客インタビュー、観察、アンケートなどでジョブ・ペイン・ゲインを具体化。
● ステップ3:提供価値をマッピング
サービスがPainsにどう効くか、Gainsにどう貢献できるかを明確化します。
● ステップ4:チームで議論・仮説のブラッシュアップ
仮説ベースで進め、実際のフィードバックと照らし合わせて検証します。
どんな場面で活用されるか?
● 新規事業・プロダクト開発
顧客理解からスタートすることで、失敗のリスクを抑えられます。
● UX設計やサービス改善
不満の根本要因を明らかにし、改善の方向性を導き出せます。
● 営業・マーケティングのペルソナ設計
顧客の行動背景やモチベーションを可視化できます。
● スタートアップのピボット判断
現在の価値提案がフィットしているかどうかを定量的に見極める材料に。
バリュープロポジションキャンバスのメリット
- 顧客中心の発想ができる
自社都合から離れて、「何を解決しているか?」に集中できる。 - チーム内の共通認識を形成
部署間の連携や、初期メンバー同士の議論に役立つ。 - 検討漏れを防ぐ
PainsやGainsを分解することで、表面的な理解に留まらず深掘りできる。 - プロダクトの方向性に一貫性が出る
開発・マーケティング・営業が同じ「価値」に向かえる。
作成時の注意点・落とし穴
● 自社視点に偏らないように
よくある失敗は「こういう機能を作ったら便利でしょ?」という発想でVPCを埋めてしまうことです。顧客の声・行動データに基づいて作成することが大前提です。
● ペルソナが曖昧なまま始めない
カスタマープロファイルを明確にするには、「誰のジョブか?」を正確に捉える必要があります。
● Jobsがぼんやりしていると精度が落ちる
単に「ファイルを管理したい」ではなく、「プロジェクトのメンバー間でスムーズに共同作業を進めたい」など、文脈付きのジョブ記述が重要です。
● 完成と思い込まず、検証前提で進める
VPCはあくまで仮説。ユーザーインタビューやA/Bテストなどで常に裏付けが必要です。
有名企業やプロダクトのVPC事例紹介
● Slack
- Jobs:チーム間のスムーズな情報共有
- Pains:メールが煩雑・反応が遅い・誰が見たか分からない
- Gains:リアルタイム通知・検索性・軽快なUI
● Airbnb
- Jobs:旅行先で安く安心して宿泊したい/人とつながりたい
- Pains:ホテルが高い・個性がない・現地感がない
- Gains:現地体験・価格の柔軟性・ホストとの交流
● Uber
- Jobs:移動したい・交通機関がないときに困る
- Pains:タクシーがつかまらない・料金不明・不安感
- Gains:即配車・事前料金提示・評価制度で信頼性アップ
その他フレームワークとの組み合わせ活用
● ビジネスモデルキャンバス(BMC)
「価値提案」の深堀りがVPC。BMCと並行して使うことで全体像+詳細が両立できます。
● ジョブ理論(Jobs To Be Done)
顧客ジョブの抽出に特化した思考法。VPCと非常に親和性が高いです。
● カスタマージャーニーマップ
顧客の行動を時系列で分析し、VPCで定義したPains/Gainsとの接点を把握できます。
バリュープロポジションキャンバスは、単なる「アイデア出しツール」ではなく、顧客の声に寄り添ったサービス設計のための実践ツールです。
特に、「課題設定があいまいなまま開発が進んでしまう」スタートアップや、「なぜ売れないのか分からない」既存サービスの見直し時にこそ、効果を発揮します。
