1. ジョブ理論とは何か
ジョブ理論(Jobs to be Done, 略してJTBD)は、顧客の行動の背景にある「目的」に着目し、顧客が“なぜ”その製品やサービスを選ぶのかを理解するための思考法です。
この理論は、イノベーション研究で著名なクレイトン・クリステンセン教授(『イノベーションのジレンマ』の著者)らによって体系化されました。
■ キーコンセプト:「人は製品を“雇う”」
人々は製品を購入するのではなく、自分の“達成したいこと(Job)”を片付けるために製品やサービスを“雇用”しているという視点が、ジョブ理論の核心です。
2. 「ジョブ(Job)」の定義と3分類
ジョブとは、顧客がある状況の中で達成したい進歩や目的のこと。表面的なニーズではなく、「なぜそうしたいのか」「何に困っているのか」という文脈を含みます。
● 機能的ジョブ(Functional Jobs)
具体的な問題を解決するための目的。
例:喉の渇きを癒やす、移動する、スケジュールを管理する
● 感情的ジョブ(Emotional Jobs)
心理的満足や安心感を得るための目的。
例:自分に自信を持ちたい、不安を軽減したい
● 社会的ジョブ(Social Jobs)
他者との関係性の中で評価されたい、認められたいという目的。
例:かっこよく見られたい、仕事ができると思われたい
「人はドリルが欲しいのではなく、“穴”が欲しい」
── この名言はジョブ理論の本質をよく表しています。
3. ジョブ理論の核心:なぜ顧客は“雇う”のか
● プロダクトは“問題解決のために雇われる存在”
ジョブ理論では、製品やサービスを人に例えて「ジョブをこなすために雇われる」と捉えます。
- 例:朝、満員電車を避けたいという“ジョブ”のために自転車通勤が“雇われる”
- 例:子どもを静かにさせたい“ジョブ”に、ハッピーセットが“雇われる”
● 「解雇される」製品もある
新しい製品に乗り換えるとき、ユーザーは旧製品を「解雇」しています。これは、旧製品がジョブをうまくこなせなくなったときに起こります。
4. ジョブ理論の実践ステップ
ステップ1:対象顧客の特定と観察
属性ではなく、「どのような文脈で選ばれているか」に注目します。
ステップ2:顧客インタビューで“状況”と“目的”を深掘る
行動の背後にある「なぜそれを選んだのか」「どんな代替手段があったのか」などを対話から掘り下げます。
ステップ3:ジョブ文をつくる
典型的なフォーマット:
When I [状況], I want to [目的], so I can [結果]**
例:
When I take a long commute, I want to use that time productively, so I can feel I didn’t waste my day
ステップ4:ジョブに合わせた解決策(製品/体験)を設計する
機能設計、UI、メッセージ、価格、流通など、ジョブ視点に基づいて再設計していきます。
5. どんな場面で活用されるか?
- 新製品開発:顧客インサイトに基づいた機能提案が可能に
- 既存サービス改善:本当に重要なジョブを発見し、価値を磨き込む
- UX設計/CX設計:どのタイミングでジョブが発生するかを可視化
- マーケティング施策設計:メッセージを“ジョブ”に合わせることで共感を得る
- スタートアップのピボット判断:失敗した製品の“再雇用”の可能性を探る
6. ジョブ理論のメリット
- 属性よりも行動の“理由”を理解できる
年齢・性別などのセグメントでは説明できない動機に迫れる。 - ユーザーインサイトに基づいた仮説が立てられる
感情的・文脈的な理解をもとに、刺さる製品・体験が生まれる。 - チームの共通言語として使える
開発、マーケ、営業が同じ“ジョブ”を軸に議論できる。 - イノベーションの種が見つかる
今は満たされていない「片付けられていないジョブ」にこそ、ビジネスチャンスがある。
7. 活用時の注意点と落とし穴
● ジョブが抽象的すぎると意味がない
「楽したい」「安心したい」だけでは戦略の設計に使えません。状況や文脈を具体化することが鍵です。
● インタビューが浅いと本質を取りこぼす
ジョブを深掘るには、「なぜ?」を3回以上繰り返すようなヒアリングが必要です。
● 解決策(製品)ありきで考えてしまう
ジョブはあくまで顧客の視点。製品機能の当てはめではなく、「顧客の進歩」にフォーカスすべきです。
8. 他のフレームワークとの連携
● バリュープロポジションキャンバス(VPC)
顧客セグメントの「ジョブ」に焦点を当て、ペイン/ゲインを可視化するフレームと親和性が高い。
● カスタマージャーニーマップ
ジョブが発生するタイミングとタッチポイントを重ねて、UX全体を設計。
● BMC(ビジネスモデルキャンバス)
「価値提案」や「顧客セグメント」をジョブ起点で再定義すると、競合との差別化が明確に。
● UXデザイン、リーンキャンバスとの連携
MVP設計や仮説検証にも、ジョブは強力な“軸”になります。
9. 企業・プロダクト事例に見るジョブ理論の活用
● Airbnb
ホテルに泊まるのではなく、“現地の人のような体験”をしたいというジョブに応える。
● Spotify
CDやMP3を買うのではなく、“気分をコントロールしたい”“空間を演出したい”というジョブに雇われる。
● Duolingo
語学学習というより、“海外旅行で通じる自信を持ちたい”というジョブに応える。
● スターバックス
「コーヒーを飲む」だけでなく、“第三の居場所”を求める社会的・感情的ジョブに対応。
ジョブ理論は、「人は何を買っているのか?」ではなく、「なぜ買うのか?」を深掘るための、非常にパワフルなツールです。
属性やスペックでは説明しきれない購買行動を、文脈や目的の中で理解することができるため、真にユーザー中心のサービス設計・価値創出が可能になります。
