スリー・ホライズン・モデルとは
スリー・ホライズン・モデル(Three Horizons Model)は、現在の事業を維持しつつ、将来に向けた成長・革新をどう両立させるかを考える戦略フレームワークです。世界的なコンサルティング会社マッキンゼーが提唱し、特に大企業の新規事業開発や投資戦略において広く採用されています。
「短期的な収益目標に追われて未来への投資ができない」「革新は必要だが、既存事業が主力である」といったジレンマを整理し、3つの時間軸=ホライズンで思考を分けることで、バランスの取れた意思決定を可能にします。
各ホライズンの基本構造と意味
スリー・ホライズン・モデルは、以下の3つの時間軸に分かれています。
■ ホライズン1(Horizon 1):現在の主力事業
- 既に市場に存在し、収益の柱となっている事業
- 継続的な改善、効率化、最適化が求められる
- 短期的な利益創出を重視(例:既存の製品販売、運用中のサービス)
■ ホライズン2(Horizon 2):成長中/成長余地のある事業
- 市場性はあるが、まだ成熟していない分野
- 中期的にホライズン1に昇格させることを目指す
- 実証・拡大・マーケットフィット獲得フェーズ(例:PoC後の拡大事業)
■ ホライズン3(Horizon 3):未来をつくる革新的アイデア
- 実験段階・構想段階にある新規事業や技術
- 不確実性が高いが、将来的に大きな価値創出が期待される
- 社内ベンチャー、研究開発、ムーンショット的領域など
各ホライズンの特徴とリスク
| ホライズン | 目的 | 特徴 | 主なリスク |
| H1 | 利益の維持・最大化 | 成熟/安定 | 成長停滞、イノベーション不足 |
| H2 | 次世代の柱育成 | 不確実性中程度 | 経営リソースが足りない/中途半端に終わる |
| H3 | 未来の創造 | 不確実性大/実験的 | 成果が出ないまま終了、費用対効果不明 |
ホライズン1ばかりに集中すると将来的に成長が止まり、ホライズン3ばかりに投資すると利益を生まずに組織が疲弊します。バランスの取れたリソース配分が鍵です。
モデルの活用手順と運用プロセス
ステップ1:現状の事業をホライズンに分類する
すべての事業・プロジェクトを洗い出し、それぞれをH1〜H3に振り分けます。
ステップ2:投資配分と人材アサインを調整
各ホライズンにどれだけの資金・人材・時間を割くかを明確化します。
ステップ3:ホライズン2への“育成戦略”を設計
H2事業をどうスケールさせてH1に昇格させるかのロードマップを描きます。
ステップ4:定期的にレビュー・ピボットを行う
市場や技術の変化に合わせて再分類し、進捗と期待値を見直します。
どんな場面で活用されるか?
- 大企業のイノベーションポートフォリオの設計
成熟事業と新規事業を同時に見通すことで、中長期のビジョンを共有できます。 - スタートアップの成長戦略構築
プロダクト開発の進捗やスケール戦略をフェーズで可視化できます。 - 社内ベンチャー制度やR&D部門の方針整理
リスクのある取り組みにも「未来の柱」という意義を与えられます。 - 投資家向けのピッチ資料やIR戦略
短期・中期・長期の事業構成を整理して示すことで信頼性が増します。
スリー・ホライズン・モデルのメリット
- 時間軸ごとに役割とリスクを明確化できる
直感的に「今すぐ成果を出すべき領域」「実験してよい領域」を整理可能 - 組織内で多様な思考や人材を共存できる
守りの人材と攻めの人材が両方活躍できる土壌づくりに役立ちます - イノベーション活動を“戦略化”できる
単なる思いつきではなく、段階的な挑戦として管理しやすくなります
活用時の注意点と落とし穴
● ホライズン3が“夢物語”で終わる
抽象的なアイデアだけが並び、実行計画や検証手段がない状態に陥りがちです。
● ホライズン2が“育たない中途半端領域”になる
H2は重要な「架け橋」ですが、評価・支援体制が弱くなりやすい傾向があります。
● リソース配分が機械的・均等すぎる
全体のバランスを考慮せず「1/3ずつ」にしてしまうと、戦略として機能しません。
● 組織に“浸透しない”抽象戦略に終わる
トップだけが理解し、現場が関心を持てない戦略にしないために「説明可能性」が重要です。
他のフレームワークとの組み合わせ
● BMC(ビジネスモデルキャンバス)との連携
H1〜H3それぞれにBMC(ビジネスモデルキャンバス)を描くことで、事業構造の具体化が進みます。
● バリュープロポジションキャンバス
H2やH3での仮説構築・検証に最適です。顧客ニーズとの適合を精査できます。
● Ansoffの成長マトリクスとの違い
Ansoffは「製品×市場」の軸ですが、ホライズンは「時間×確実性」の軸で設計されています。両方を組み合わせると立体的な戦略構築が可能になります。
● OKR/KPI設計
ホライズンごとにKPIを分けることで、適切な評価指標が設定できます(例:H3は“学習”がKPIになる)
有名企業の適用事例(簡易版)
- H1:広告(検索広告、ディスプレイ広告)
- H2:Google Cloud、Chromebook
- H3:Waymo(自動運転)、Google X(ムーンショットラボ)
● Amazon
- H1:EC事業(Prime、ロジスティクス)
- H2:AWS(成長から基盤へ)
- H3:Alexa、ドローン配送、Amazon Go
● トヨタ
- H1:ガソリン車
- H2:ハイブリッド/EV車両
- H3:MaaS構想、水素エネルギー、空飛ぶクルマ
スリー・ホライズン・モデルは、「今の事業に集中すべきか?未来に投資すべきか?」という古くて新しい問いに対して、構造的な視点を与えてくれます。
短期と長期の両立は可能です。ただし、そのためには視点を切り分け、バランスを取り、時間軸ごとの戦略を設計する必要があります。
特に不確実性の高い現代において、ホライズン3のような“未来への種まき”を怠らない姿勢が、競争優位の源泉となります。
